2020年8月26日水曜日


126-20200826(新型コロナ対応「労働条件の変更(賞与の不支給・減額)」)解説

引続き、新型コロナウイルスの影響により従来の労働条件を変更せざるを得なくなった場合の対応について解説します。

今回も引続き「賞与の不支給・減額」について解説します。

5 これまで支給してきた賞与を不支給あるいは減額できるかどうかは、具体的な賞与請求権が発生しているか否かによって異なります。
第1の場合のように、賞与の支給金額が定まっているときは、医院がこれを支給しない、あるいは減額する場合は、個々の従業員の同意が必要になります。
同意が得られない場合は、就業規則をたとえば第3のように変更する必要があります。
これは就業規則を不利益に変更することですから、この変更に「合理性」があるかどうかで、その変更の効力の有無が決まることになります。
合理性の内容については、「定期昇給の凍結」で解説したとおりです。
新型コロナウイルスの影響によって医院の業績が悪化したために、賞与を不支給あるいは減額する場合には、合理性は比較的認められやすいと思われます。

6 第2及び第3の場合のように、具体的な賞与請求権が発生していない場合は、使用者には賞与の支給義務がないので、これまで支給してきた賞与を不支給あるいは減額することは、原則的に可能であると思われます。

次回は、「特別休暇」に関する条文を作ります。

2020年8月13日木曜日

 

125-20200813(新型コロナ対応「労働条件の変更(賞与の不支給・減額)」)解説

 

引続き、新型コロナウイルスの影響により従来の労働条件を変更せざるを得なくなった場合の対応について解説します。

 

今回から2回にわたって歯科医院の「賞与の不支給・減額」について解説することにします。

 

1 賞与とは、「定時または臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないもの」とされています(行政通達)。また、裁判例では、賃金は「労務提供があれば使用者からその対価として必ず支払われる雇用契約上の本来的債務」であるが、賞与は「支給するか否か、支給するとして如何なる条件のもとで支払うかはすべて当事者間の特別の約定(ないしは就業規則等)によって定まる」(梶鋳造書事件・名古屋地裁昭和55年判決)とされています。したがって、従業員が使用者に対して賞与の支払を請求するためには、就業規則の規定や雇用契約がどのようになっているか、場合を分けて検討する必要があります。

 

2 まず第1に、就業規則や雇用契約書で、たとえば「賞与は毎年6月及び12月に、それぞれ基本給の1.5か月分を支給する」というような規定がある場合です。このような場合は、賞与の支給金額、支給時期が具体的に定まっていますから、従業員は歯科医院に対して賞与の具体的請求権をもっていることになります。したがって、医院はその定まっている賞与額を支払わなければなりません。就業規則や雇用契約書に規定がなくても、面接・採用時にたとえば「賞与は年に基本給の3か月分を支給する」というような口約束(合意)をしていた場合も同様です。賞与の支給金額、支給時期、計算方法等について労使間の合意を認め、従業員の賞与の請求を肯定した判例があります(パン・アメリカン航空事件・千葉地裁佐倉支部昭和56年判決)。

 

3 第2に、就業規則や雇用契約書で、たとえば「賞与は毎年6月及び12月に支給する」というような規定がある場合です。このような場合は、使用者は賞与を支給することは約束していますが、具体的な支給金額はまだ定まっていません。判例は、賞与の具体的な請求権は、就業規則等における支給金額またはその算出基準が定められてはじめて発生するものであり、単に賞与を支給する旨の規定によっては具体的な請求権は発生しないとしています(御国ハイヤー事件・高松高裁昭和63年判決)。

 

4 第3に、就業規則に「賞与は、毎年6月及び12月に支給する。但し、医院の業績によって支給できないことがある。賞与の額は、別に定める基準により、歯科医院に対する貢献度等を総合的に評価してこれを算定する」のような規定を設けている場合です。このような場合は、賞与を支給するかどうかは医院の裁量の問題となり、また支給金額は貢献度等の評価にかかわっていますから、評価の結果が出るまでは従業員の具体的な賞与請求権は発生しないものと考えられます。判例も、賞与請求権は使用者による人事考課査定に基づき個々人の支給額が決定されたときに具体的な請求権として発生するとし、人事考課査定が終わる前に退職した従業員については賞与請求権は発生しないとしています(N興業事件・東京地裁平成15年判決)。

 

次回も引続き「賞与の不支給・減額」について解説します。

2020年8月6日木曜日


123-20200806(新型コロナ対応「労働条件の変更(定期昇給の凍結)」解説

今回も引続き「定期昇給の凍結」について解説します。

6 定期昇給を凍結(見送り)することができるかどうかについては、場合を分けて考える必要があります。
まず第1に、就業規則や給与規程に定期昇給についての定めがある場合です。
たとえば「毎年4月に、基本給を○○パーセント昇給させる」とか「毎年4月に、別表で定める給与を1号俸昇給させる」のような規定がある場合はどうでしょうか。
このような定めがある場合には、昇給額を具体的に計算することができるので、従業員には賃金支払請求権が発生することになります。
このような規定のもとで、定期昇給を凍結する(見送る)ことは、約束されていた賃金を受け取ることができなくなることですから、労働条件の不利益変更になることは明かです。

7 第2に、就業規則や給与規程に定期昇給についての定めがあっても、たとえば「昇給は、毎年4月に本人の年齢、勤務状況、医院に対する貢献度等を総合的に勘案してその額を決定する」とか「給与改定(昇給・降給)は、医院の業績等を考慮して原則として毎年4月に辞令を交付し、当該辞令に定める金額を5月の給与支給日から支給する」というような定めになっている場合はどうでしょうか。
このような場合には、医院は定期昇給の義務は負っているものの、まだその具体的な金額が確定しているわけではないので、定期昇給をしなかったとしても、直ちに労働条件の不利益変更になるわけではありません。

8 第3に、就業規則や給与規程がなく(それがあっても、その規定の内容に準拠せずに、異なる別の基準を示して)、長年にわたり慣例的に定期昇給を行なってきた医院が、売上の減少により定期昇給を凍結(見送り)した場合はどうなるでしょうか。
このような場合、医院と従業員の間には、毎年定期昇給が行なわれるという“黙示の合意”が成立していると考えられますから、個々の従業員の合意(同意)を得ずに定期昇給を凍結する(見送る)ことは、労働条件の不利益変更になると考えられます。
現実には、このような運用をしている歯科医院が多いと思われます。
裁判例では、9年間にわたり使用者が定期昇給額の算定方法を説明し、その説明内容にしたがって定期昇給がなされてきたという事案に対して、労使間には黙示の合意が成立しているとしたものがあります(三和機材事件・平成22年千葉地裁判決)。

次回も引続き「定期昇給の凍結」について解説します。